今日の岩松

6月も今日で終わりですね。
沖縄は梅雨が明けたという便りが聞こえました。

090629岩松

プルーブの岩松、また若干の緑が増えたようです。


  →→→→→→→090629岩松a

しかし、茶色い株たちは相変わらずです。
越冬に失敗してしまったのでしょうか・・・



  →→→→→→→090629岩松b


プルーブの居室は湿度が低すぎなのかも知れませんね。





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キツネと吉展ちゃん事件(第2話)


私の父は、元警視庁の刑事でした。私が業務プロセスについて、詳細に事実を洗い出していくことに燃えるのも、父のデカ魂をを引き継いでいるからでしょうか (^_^)-c<^_^;)
戦後最大の誘拐事件と言われた吉展ちゃん事件。当時のマスコミはセンセーショナルに取り上げました。
そんな事件と父との関わり合いのお話です。
では。

・・・・・

吉展ちゃん事件とは、昭和38年に台東区入谷に住む吉展(よしのぶ)ちゃんという4歳の男の子が誘拐され、殺されてしまった事件です。
当時は、戦後最大の誘拐事件ということで日本中が大騒ぎになったそうです。

というのは、2年経っても犯人がつかまらずに日本中がやきもきしたからです。

誘拐犯(小原保)を取り逃がして2週間後になる昭和38年4月25日、警視庁は誘拐犯の脅迫電話の録音テープをラジオとテレビで公開しました。

公開初日だけで541件もの情報が警視庁に寄せられたそうです。
そんな中、夕方6時に愛宕署に「犯人の声を聞きたい」と言って、1人の男がやってきました。
捜査班は警視庁に置かれており、当時の私の父は捜査一課を離れて愛宕署に勤務していたのでした。

テープを聴く男の様子から、これは間違いないという刑事の勘で、直ちに捜査本部に報告しました。

しかし、内偵後に声からの推定年齢が小原保の年齢と違うという言語学者2名の鑑定結果、そして小原保は足が不自由だったのでこのような犯行はできない(2年後に小原保の運動能力が高かった事が判明するのですが・・・)との判断で、父杉本勝正の上げた報告書には「白」と書き込まれてしまいました。(新聞記事参照)


平成6年7月20日の産経新聞より
(クリックすると拡大できます)
吉展ちゃん事件a


それが2年後、平塚八兵衛さんらの加わった新捜査陣によって「白」と書き込まれた報告書が再浮上したわけです。

ちなみに、記事中の写真の男性は私の父ではありませんので、誤解無きよう・・・(^^;)




(続きはこちらへ・・・)





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キツネはいつから化かさなくなったんでしょう?(第5話)


ごとんべぇを捕りに行った少年たちですが、T造さんは1人残りごとんべぇ捕りを続けていました。
ところがその晩、勝正少年の家の戸を誰かがどんどん叩くんです。
今日はその続きです。

・・・・・

勝正少年のお父さんが戸を開けると、外に立っていたのはT造さんのご両親でした。
ご両親が言うには、まだT造さんが帰宅しないので心配になって尋ねてきたんだというのです。
まだ家庭に電話がない時代でした。連絡を取り合うのも大変でしたね。

さぁ、大騒ぎです。
駐在さんも呼んで、松明(たいまつ)を灯して、みんなでT造さんが1人残った田んぼに向かいました。

村人「T造~」「T造~」

みんなで呼びながら歩いて行き、やがて例の田んぼが見下ろせる所にやってきました。

するとどうでしょう。
遠くの暗がりの中をT造さんが歩いているではありませんか。

村人「T造がいたずらぁ!」

T造さんの姿を見つけて、安堵の声が上がりました。

・・・しかしよく見ると、奇妙なのでした。
T造さんは、こっちに向かってくるのかと思うと田んぼの角で曲がり、また戻って行ってしまうのです。
何か独り言を言いながら歩いているようにも見えました。

みんな大急ぎで駆け寄り、T造さんに声を掛けました。

村人「T造っ!」

ハッとしたように顔を上げるT造さん。

T造「なんだ、みんなかぁ。おとうもおかあもどうしただ、こんな大勢で。」

村人「なんだじゃないべぇ。こんな遅くまで何やってんずら。みんな心配して捜しに来たんずら。」

T造「そうかぁ、心配かけてすまねぇ。夢中でごとんべぇ捕ってたらすっかり日が暮れちまっただ。だけんどな、おかげでいっぱい捕れたずら。それに辺りは暗くなっちゃったけど、1人じゃなかったから心細くなかったずら。」

村人「1人じゃない?」

T造「んだ。途中できれいな女の人と出会って、一緒に鳥沢村に向かっているところずら。」

村人「何言っているだ。さっきからT造しかいないずら。」




(続きはこちらへ・・・)




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意外な出会いPart2

4月頃、路上で突然再会した人の話をしました。
そう言えば、こんな意外な出会いもありました。

・・・
私が第二精工舎(現セイコーインスツル)に入社した頃は、ようやくパーソナルコンピュータというものが現われ、ミニコンと呼ばれる業務用コンピュータも登場しました。
入社して2年もするとパソコン画面がカラー化され、16ビットマシンが出現しました。
ミニコンは32ビットのスーパーミニコンが登場しようという頃です。
ミニコンメーカーで言うと、HPやDECと言ったところが代表的なメーカーでした。

そんな時代に、腕時計の開発データを蓄積して「信頼性データベース」を構築しようということになり、いろいろと検討した結果HP3000というミニコンが導入されました。

メモリー空間が4KBしかなく、ハードディスクも100MBしかないのに1セット1,500万円もする時代でした。

さて、HPの技術者の全面的な支援も受けられたお陰もあり、めでたくシステムが完成したのですが、それを期にHP3000のユーザー会YUGに入会しました。
(当時、横川ヒューレットパッカードという社名だったので「YUser Groupだったんだと思います。)


HP3000のユーザー企業は外資系が多かったからでしょうか、YUGのメンバーのコンピュータ知識やスキルはとても広く深くて、しかも毎回アグレッシブな意見が飛び交うもので、若干25歳の私はただただおとなしくしていた記憶があります。(^^;)

しかし何年かしてHP3000が製造中止になってしまい、YUGも解散となりました。
その頃には私もIBMマシンを運用する部門に異動になっていて、YUGの解散式にも出席せず、関わりがなくなっていました。

その中でただ1人、毎年年賀状だけを交わしているYUG会員がいました。
20年以上会うこともなく年賀状だけを交わしていました。
(そう言う人っていますよね? (;¬_¬) )

そんな彼、林さんが昨年ぷらっとプルーブにやってきてくれました。
私の年賀状でプルーブを知って、会社経営に経験の長い林さんが陣中見舞いに来てくれわけです。
そういえば、林さんは昔から思いやりがあり人望のある方でした。


その時に一緒に連れてきてくれたのが齊藤さん。
例の「モモちゃんのだいぼうけん」の作者のご主人なのですが、その昔YUGの会長を務めていた方です。

その再会により、今まで途絶えていた交流が急に復活してしまい、しかも今週は私の尊敬する久米さんとのSPICEcafeツアーにまで参加してしまいました。
実は、もう齊藤さんもすっかり久米さんファンの1人になってしまっていたんです。(^o^)


齊藤さんは私より7歳も上の大先輩なのですが、不出来なYUG会員だった私のことを忘れずにいてくれたばかりか、最近は飲めないお酒なのに「飲みに行かない?」なんて突然電話かけてきてくれるんです。

こんな急展開に驚くばかりです。

遙か昔にYUGで会っていたことが風化せずに甦ったわけですね。
こんな再会、考えもしませんでした。


だから人生っておもしろいのかも知れませんね。





(続きはまた今度・・・(^^)/ )





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和太鼓と業務改革 ?!(第5話)


前回、私の属する佐倉太鼓衆は全国に散らばっている和太鼓グループと似たような会員構成なのに、コンサートに1,000名の観客が来てくれるくらいになぜか非常に人気があるというお話をしました。
今日はその続きです。
・・・・・

何故か人気がある」
と書きましたが、ほんとに「何故か」なんだと思います。

決して威張れることではないのですが、佐倉太鼓衆のメンバーは子供がいたり普通の主婦がいたりと、よそのアマチュアのグループと変わりません。

だから、もの凄く難しい奏法とか、曲芸のようなバチさばきとかができるわけではありません。
音だって、女性や子供の力ですから迫力には欠けることでしょう。


そういう結果どうなるかというと、よほどの太鼓好きな人でもないと、通常は20分も演奏を観ていると飽きてしまいます。

最初は太鼓の響きでワクワクするのですが、しばらく見ていると同じような演奏に見えてきて飽きてしまうのだと思います。

以前の櫻太鼓がそうだったように思えます。


私たちは、「それではやだなぁ」「それでは寂しいなぁ」って思いました。
せっかくだったら、最後まで楽しんでいってもらえるような演奏をしたいなぁって思いました。


よく
「感動を与えるような演奏をしたい!」
といったような抱負を聞きますが、ところでその「感動」っていうのはなんなんでしょう?

私たち佐倉太鼓衆は
「感動」=「また観たくなる。聴きたくなる」
ことと定義しました。

演奏で涙を流してもらったり、感心してもらうとかではなく、
「あぁ、また観たいなぁ・・・」
って思ってもらえたら、それが最高だというふうに位置づけたのです。

そこで、どうしたら「感動」してもらえるかを一生懸命考えました。




(続きはまた今度・・・(^^)/ )




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プロフィール

sugimotom

Author:sugimotom
ようこそ!
職業は業務改革パートナー。余暇は篠笛や和太鼓の響きを楽しんで過ごしています。
そんな私の仕事のこと、趣味のこと、日々感じたことなど 徒然に書き留めています。

私も気が付けば半世紀もの月日を重ねてしまっていました。
飛び去るように過ぎて行く貴重な人生の合間に、ほんの少しだけ立ち止まって、さぁ深呼吸!

大切な今を思いっきり感じましょう。
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