さぁ 深呼吸
子供の頃に比べて、毎日がどんどん早く流れているような・・・。 忙しさに心を亡くされないために、ちょっと一息しませんか?
システム屋にはDFDが描けない?(第3話)
前回はDFD(Data Flow Diagram)の描き方について、ポイントを1つお話ししました。
今日はその続きです。
・・・・・
システム屋(SE)の犯しがちな間違ったDFDの作法の2つ目は、その内容です。
システム屋が作ったDFDを見ると6~7割がシステムのフローなんてこともありがちです。
業務フローが抜け落ちてしまっているのです。ついついフローチャート的に描いていってしまうのですね。
それだったらDFDなんか使わない方がいいのです。
システム屋の犯しがちな間違ったDFDの作法の3つ目は、物事の見方です。
システム屋にとって、高度な論理的な思考と正確なロジックを導き出す几帳面さが重要な資質です。
優秀なシステム屋と呼ばれる人たちは、そういう特殊な能力に長けているのです。
しかし業務を担当している人の多くはゴク普通で、一般的な考え方をしている人たちです。
論理的に矛盾しているような言動が含まれていたり、いい加減な情報の中で業務を遂行している人たちも少なくありません。
そういった人たちから情報を聞き出してDFDを描いていかなければいけないのが当たり前と覚悟していた方がいいのです。
聞き取りの際にあまり理詰め、理屈を前面に出しすぎると事実が隠れてしまうことがあるということを理解していないと、間違ったフローを作り上げてしまうのです。
もちろん出来上がったDFDは論理的な整合性を備えていなければいけません。
しかし、DFD作りに協力してくれている人たちをあまり理詰めで追い込んでいってしまってはいけないのです。
DFDがきちんと描けるようになったらもうその人はタダのシステム屋ではなく、業務分析のスペシャリストつまり「業務アナリスト」に脱皮できたとも言っても過言ではないでしょう。
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私達の生き方を映している鏡を知っていましたか?(第23話)
「鏡の法則」という素敵なお話の紹介最終話です。
小学生の息子さんの受けているいじめに悩んでいるA子さんのお話。
A子さんとその家族に起きた数日間の出来事でしたが、10ヶ月に渡って紹介してきました。
ながらくお付き合いいただいてどうもありがとうございました。
さぁ、いよいよ大詰めの時を迎えました。結末はどうなるのでしょう。
では、以下転載します。
・・・・・
「晩酌を欠かしたことがない父が、お酒を飲まなかったなんて。」
自分が伝えた言葉が、父の心をどんなにか幸せな気持ちで満たしたのであろう。
A子の目からは、またもや涙があふれていた。
「どうした?泣いてるのか?」
風呂から出てきた夫が聞いてきた。
A子は、その日起きたことをすべて話した。
朝、B氏に電話をかけたこと。
午前中は、父への恨みつらみを紙に書きなぐったこと。
午後、父に電話して和解したこと。
「そうか、お父さんも泣いてはったか。」
夫も、目に涙を浮かべながら聞いてくれた。
そして、息子がいじめっ子から謝られたこと。
「ふーん、不思議なこともあるもんやな。Bさんのやり方は、俺にはよくわからんけど、おまえも楽になったみたいでよかったな。」
続けてA子は、泣きながら夫に謝った。
そして夫も、泣きながら聞いたのだった。
次の日、A子はB氏に報告して、心からのお礼を伝えた。
朝一番で夫からも電話を入れていたようだ。
B氏「ご主人からも電話もらいました。お役に立てて何よりです。あなたの勇気と行動力を尊敬します。
さて、これからが大切です。毎日、お父さまとご主人と息子さんに対して、心の中で『ありがとうございます』という言葉を100回ずつ唱える時間を持って下さい。
それから、おすすめの本があります。後で、何冊か選んで、そのリストをFAXしておきますので、ぜひ買って読んでみて下さい。」
(注:その本のリストは、このお話を紹介している野口嘉則さんのブログで見ることができます。興味ある方は第1話をご覧下さい)
その日の夕方のことである。
「ただいま!」
元気な声で息子が帰って来た。
「お母さん、聞いて!今日ね、友達から野球に誘われたんだ!今から行ってくるから!」
息子はグローブを持って飛び出していった。
A子の目には、またもや涙がにじんでいた。
声が詰まって、「行ってらっしゃい」の一言が言えなかった。
完
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システム屋にはDFDが描けない?(第2話)
前回はDFD(Data Flow Diagram)が見直されてきたようだと言うことで、私のDFD作法についてお話ししますねというところまで書きました。
今日はその続きです。
・・・・・
システム屋(SE)の犯しがちな間違ったDFDの作法の1つ目は、そのアプローチです。
トップダウン的にDFDを機能分割しながら作成していく方法を推奨している記事がありました。
システム化技法としてはとても美しいシナリオには見えますが、現実的には途中で挫折してしまうでしょう。
例えば、プロセス間のインターフェース整合性確保が難しくなってしまったりします。
DFDを適用したい場面というのは、現状が把握できていない時点が多いのです。
しかも多くの場合その現状とは、一本道ではない複雑な姿なのです。
DFDに描き表わす事項が全て出揃った状態から描き始めるのであれば、そういうやり方でも描けますが、現実的にはそういうことは少ないのです。
そもそもシステム化が目的の場合、必要な情報が全て集まっている状態であればもうDFDとは違うドキュメントを作った方が余計な期間やコストを掛けずにすんでしまうことだってあります。
(続きはこちらへ・・・)
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システム屋にはDFDが描けない?(第1話)
私のブログの中に、時々DFD(Data Flow Diagram)という言葉が出てきます。
DFDが私が業務改革を行なうときに使っている手法の1つだからです。
今からおよそ30年くらい前に日本にも紹介されてブームとなったDFDですが、あまり役に立たないということで、IDEFなど他の手法が次々と台頭し、あっという間にブームは沈静化してしまいました。
正確には「役に立たない」のではなく、「役に立つ使い方ができなかった」わけなのでしたが。
それがここ数年、このDFDが業務分析の手法として見直されてきたようですね。
良いことだと思います。
ネットで検索するとたくさんの件数が引っかかってきます。
その中で「ハウツー」的な記事も少なからずありますが、また昔の過ちを繰り返してしまいそうな用法も混ざっていて心配されます。
IT畑のSE(システム・エンジニア)が記述した記事の中に往々にして見かけるような気がします。
彼らの多くは、その発想方法がフローチャート的な思考で緻密にできるように訓練されているからでしょうか、知らず知らずのうちにDFDの使い方を難しくしてしまっているようです。
今回はそんな話題を取り上げてみたいと思います。
まぁ、30年近くDFDを使い続けてきている私のこだわりでしょうか。
3つほど挙げてみますね。
(続きはこちらへ・・・)
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DFDが私が業務改革を行なうときに使っている手法の1つだからです。
今からおよそ30年くらい前に日本にも紹介されてブームとなったDFDですが、あまり役に立たないということで、IDEFなど他の手法が次々と台頭し、あっという間にブームは沈静化してしまいました。
正確には「役に立たない」のではなく、「役に立つ使い方ができなかった」わけなのでしたが。
それがここ数年、このDFDが業務分析の手法として見直されてきたようですね。
良いことだと思います。
ネットで検索するとたくさんの件数が引っかかってきます。
その中で「ハウツー」的な記事も少なからずありますが、また昔の過ちを繰り返してしまいそうな用法も混ざっていて心配されます。
IT畑のSE(システム・エンジニア)が記述した記事の中に往々にして見かけるような気がします。
彼らの多くは、その発想方法がフローチャート的な思考で緻密にできるように訓練されているからでしょうか、知らず知らずのうちにDFDの使い方を難しくしてしまっているようです。
今回はそんな話題を取り上げてみたいと思います。
まぁ、30年近くDFDを使い続けてきている私のこだわりでしょうか。
3つほど挙げてみますね。
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JINに関連して・・・(第3話)
会社の近所に高尾稲荷を見つけたことから高尾太夫という花魁(おいらん)話に首を突っ込んでしまいました。(^_^;)
高尾太夫の美しさに一目惚れしてしまった染物屋の久蔵。苦労して貯めた大金を携えて吉原に出かけました。
そしてせっかく会えた高尾太夫の前で泣き崩れてしまいます。
今日はその続きです。
・・・・・
ここに来るのに、必死になってお金を貯めて3年掛かった。今度来れるといったらまた3年後。その間に高尾太夫は身請けされるてしまうだろう。だから、これが今生の別れとなってしまう。
そう思うと心が引き裂かれんばかりの悲しさがこみ上げてきます。
そして泣きながら久蔵は全てを白状してしまいます。
しかし高尾太夫はとっくに久蔵の嘘に気が付いていた。
そして嘘と知りつつ話をしているうちに、信じられないことに、こんな自分に純愛を寄せてくれている久蔵が愛おしくなってしまったのでした。
そして、「来年年季奉公が明けるからそれまで待っていておくれ」と、久蔵の持ってきたお金を全て返すと高尾太夫も泣き崩れてしまうのでした。
久蔵は神田に戻ると、「花魁の言葉を信じる馬鹿がいるか!」と忠告する周りの言葉を振り払うように、また猛烈に働き始めたのでした。
そして約束の日が来ると、本当に高尾太夫がやってきました。
久蔵は嬉しさの余りに失神してしまったそうです。
そして晴れて夫婦となった2人が神田紺屋町に構えた染物屋は大繁盛になったというお話です。
めでたし、めでたし。
ほっとしますね。
さて、ほんの少し会社の周りを散歩しただけで、いろいろな発見と遭遇しました。
本当に日本橋という町は、歴史のある町なんですね。
また折を見て散歩に出たいと思います。

隅田川上流側から永代橋を臨む
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